コラム
2024.11.04
“没入型体験”は顧客体験をどう変えるか【海外事例】
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3Dの仮想空間「メタバース」が注目され始めて早数年、国内でも耳慣れた言葉になりつつあります。
国内外の現状を一言で表すと、メタバースが徐々に普及し、活用領域が広がっている状況だといえるでしょう。『マインクラフト』『あつまれ どうぶつの森』といったメタバース要素のあるゲームが人気を集めているのに加え、娯楽以外でもメタバースの利用シーンは拡大。NFTなどの資産を売買して利益を得たり、同僚とオフィスで会議をしたり、メタバース空間に復元された建造物から歴史を学んだり、といった活用事例も見られるようになっています。特にコロナ禍で現実世界での生活に制約が生じたことも後押しし、メタバースは一気に身近なものになりました。
一方で、メタバースの活用人口はいまだ限られているのも実情です。スマートフォンが世界的に普及したのと同じように、今後メタバースが一般化するのかというと、現時点では確信を持てない人が多いと推測されます。
メタバースを含むデジタル世界の体験は、ある程度の段階を踏んで人々に浸透すると予想されます。具体的には、次の3段階です。
以上の体験の発展は、現実世界に存在する「私」のアイデンティティと、デジタル世界におけるもうひとつのアイデンティティの捉え方と密接に結びついていると考えられます。実際の海外事例をもとに、それぞれのフェーズをイメージしてみましょう。
現実に存在している「私」として、デジタル世界の一部を楽しむ段階です。テクノロジーの進歩により、今や日常の中で気軽にデジタル世界を体験できるようになったのはもちろん、デジタルコンテンツ自体も精巧になっており、体験はより高度化しています。
その例のひとつが、K-POPのバーチャルアイドルグループ「Mave:」です。Mave:がユニークなのは、現実のアーティストが3Dアバターを作っているのではなく、100%バーチャルの存在が現実世界にリアルな体験を提供していること。仕組みとしては日本国内で人気を集めるVtuberと同様、3Dモデルに実在のキャストが声や動きを当てている形だと考えられていますが、アイドルとしてのコンセプトや背景のストーリーが非常に作り込まれているのが特徴です。
参考:「Mave:」Instagram https://www.instagram.com/mave_official_/
反響は大きく、デビュー曲のMVはYouTubeで264万件を超える再生回数を誇っており(5/11時点)、現実世界の音楽番組「Show Music Core」にも出演しています。また、ファンによるコピーダンス動画がYouTubeに数多くアップされているなど、ファンがMave:を現実世界のアイドルと同様に受け止めているのも興味深い動きです。
テクノロジーの活用と丁寧な世界観の設計により、デジタル世界の体験を一段回押し上げた事例だといえるでしょう。
次のフェーズは、現実の「私」とは異なるデジタル世界のアイデンティティを持ったアバターでデジタル世界に入り込み、体験する形です。まさに現時点で主流のメタバース体験といってもよいでしょう。
この「デジタル世界のアイデンティティ」という点にこだわった例のひとつが、子どもに人気のゲームプラットフォーム「Roblox」です。自由にゲームを制作したり、他のプレイヤーが制作したゲームをプレイしたりできるサービスですが、プレイヤーアバターのキャラメイクが楽しみのひとつとなっています。デフォルトはブロック玩具のキャラクターのようなデザインですが、日本アニメのキャラクターのような体型・表情にしたり、恐竜やゾンビのアバターを作ったりと、現実世界では不可能な、バーチャル世界ならではの自分を演出できます。
参考:Roblox studio Webサイト https://www.roblox.com/create
また、プラットフォーム内のショップでファッションパーツを購入することで服や髪形をカスタマイズ可能。どのような体型、形のアバターであっても、ショップで買った服がフィットする技術を採用しており、「パーツを交換する」のではなく「実際に服を着ている」ような体験を提供しています。このアバターはプラットフォーム内のどのゲームを遊んでも引き継がれ、「デジタル世界の自分」がデジタル世界で遊んでいる感覚を持たせているのもポイントです。
参考:「Roblox」で重ね着する方法
デジタル世界における自分だけのデータの連続性、記憶や体験の蓄積が、現実世界とは異なるデジタルアイデンティティを形成している事例となっています。
最終段階は、デジタル世界と現実世界、デジタルアイデンティティと現実世界のアイデンティティが融合する体験です。
完全に実現している事例はまだありませんが、先述のRobloxがその第一歩を踏み出そうとしています。同社の発表によると、遠くない未来、フェイストラッキング技術を活用し、ユーザーの表情の変化がリアルタイムでアバターに反映されるような機能を実装予定とのこと。2020年末に同社が買収したデジタルアバターのスタートアップLoom.ai社の技術を活用すると考えられています。
Robloxは子どものユーザーが中心のゲームプラットフォームですが、将来的には「大人がメタバース内のオフィスで、現実の自分の感情を反映させながらビジネスをする」といった風景も当たり前になるかもしれません。
参考:ニュース「Loom.ai社が「Roblox」に参加」 https://loomai.com/news
以上のように、メタバースは単純にデジタルコンテンツを楽しむ、あるいは現実世界の一部をデジタル世界で代替させる、といったものではないでしょう。ユーザー一人ひとりが現実世界のアイデンティティに加え、デジタル世界ならではのアイデンティティを持つようになること、最終的に、デジタル世界と現実世界が融合していく可能性をはらむことが、メタバースという概念の本質的な意義であると考えられます。
近い将来『Roblox』や『マインクラフト』で育ったデジタルネイティブ世代、あるいは“メタバースネイティブ”世代が社会で中心的な役割を果たすようになったとき、デジタル世界と現実世界を当たり前のように、自由に行き来する世の中になっても不思議ではないのかもしれません。